バンコク駐在が長くなって来ると、段々と自分でも信じられない変化が起きてきている事に、滝澤は気づき始めていた。それは滝澤自身にやや大仰な表現をすると恐怖感すら抱かせる物だった。カイとの一件は、その後しばらく滝澤を悩ませ続けた。男として盛りの年代であるにも関わらず、美しい
女を抱くことが出来なかったそのメカニズムを、滝澤は解明しようと努めたがどうしても理解できなかった。が全く考えが及ばなかった訳ではない。人間自分が欲する物にあまりにも選択肢があると、その欲する物を選ぶ目が厳しくなる。日本では起き得ない事象、現代の日本
女性で目を見張る様な美しき
女達が、知り合って間もない、つき合いのない男性に安易に、しかも金銭を絡ませず男に自分を抱いて欲しいと、主張するシチュエーションは、極めて少ない。まして美しい
女性を口説くと言うシチュエーションが、あちこちに容易に転がってはいない。
バンコクでは美しい
女性はどこにでもいる。滝澤が
バンコクに赴任したての頃に、
タニヤ通りを歩き、客引きに路上に出てきている
女性達のどの
女性を目にしても、二束三文の金を払えば彼
女たちと一晩恋人同士の感覚で時間を提供してくれると知った時の、胸騒ぎは忘れる事が出来なかった。誰でも、どの
女性でもが美人に見えた。日本人好みの最高の美
女が集まって来ると言われる
タニヤに限った事ではない。ゴーゴーバーで艶めかしく腰を振り、金属の手すりを巧みに利用しながら、ほぼ裸に近い格好で艶やかに踊る
女性を見ても、マッサージパーラー(ソープ)で雛壇に並ぶ
女性を見ても、ホテトル嬢をアパートに呼び胸の鼓動を感じながらドアを開けた瞬間でも、カオサンで古めかしい連れ出しバーで
女性を選んで座っても、スクンビット通りのソイ100以降の日本人が出入りしない純粋なローカルの連れ出しバーに入っても、ヤワラの冷気茶屋の奥まった手垢にまみれ薄汚れた壁、そして独特のすえた臭いの部屋で、選んだ少
女でも、民家の置屋で並べられたベンチにうたた寝する、家畜同様に囲われている子供同然の
女を目の当たりにした時も・・・皆が皆美人に見えた。その金額も上限は、旅行客と同様完全ぼったくりで滝澤が今考えて見ると、とてつもない授業料であったと苦笑いが湧き出て来る一日貸し切り8千バーツ(*
タイバーツが切り下げられる以前のレートは、最高値で1バーツ=5円、4万円)から、最も安かった500バーツ(2千円)の
女性まで、どの
女性をとっても、滝澤の
バンコクでの
女性遍歴の初期を飾った
女性達は、夢心地の美しい若い
女達だった。
がしかし現在の滝澤は、仮に
タニヤ通りを歩いていて
女性に目を向けても、何の感情もわき起こらない。滝澤はその自らに対する精一杯の言い訳に奇妙な比喩を心の中で口ずさむ。日本人には米の味、お茶の味がわかる。しかし外国人にはその味の判別は付かない。米もお茶もほぼ無味な物。しかし毎日無くてはならない主食である。が故に日本人の舌はその評価に極めて厳しい。食べられれば良い、飲めれば良いと言うレベルは、今の日本人には通用しない。がしかしそう言う日本人が飢餓に直面したら、恐らくは食べられる物が有れば、どんなにまずい米でもお茶でも、この上もない極上の味わいと共に胃袋にかきこむに違いないと。あまりにも美しい
女を見過ぎて来た。あまりにも抜群のス
タイルの
女性を目の当たりにしすぎて来た。あまりにも容易に、あまりにも安価に男としての
女を抱きたいと言う要求を満たされ続け過ぎてきた。その代償が、どういう
女性を見ても何の感情も抱かない、鈍感な男を形成しているのだと、滝澤は自分に常に言い聞かせる。一方年齢的な衰えを心配しない訳でもなかった。30代後半40代にさしかかる滝澤にとって、本来ならばそう言う憂慮は全く無縁の筈だ。がしかし滝澤が既に数年も足を運ばない、また運ぼうと言う気持にすらならないマッサージパーラー(ソープ)で、仮に飛び抜けた美人と交合したとしても、決して果てる事はないと言う自信が、滝澤にはあった。それだけセックスは、脳に依存する部分が大きいと言う事だ。20代の滝澤であれば、脳が未知の異性の肉体と言う物に接触し、それを弄び、その中に入る事を、異常事態との信号を下半身に送り、興奮状態が男の制御外で容易に男を果てさせる。下半身が上半身を操り、行動を起こすこともしばしばだ。がしかし脳が異常事態ではないと指令を出し、どの相手も多かれ少なかれ美しい顔立ちス
タイルの
女だとすれば、何を持って男を興奮の頂点に登りつめさせるのか?マフィアの大ボスが言っていた、「
女は誰でも同じよ。」滝澤にはこの言葉が、痛切に響く。ミスユニバースだろうが、そこいらを歩いている
女性であろうが、
女は同じだと言うその意味を滝澤は今十分に理解出来る様な気がしていた。しかし反面「恋はいつでも初恋」と言ったアメリカの映画俳優の言葉も、滝澤は否定出来ないでいた。初老のそのスターは、自分の孫に匹敵しようかとする
女性と婚約するときに、インタビューに答えた回答だ。岩室支店長が男と
女の関係は、いつ徳利の酒を飲み始めたかが問題で、年齢がいくつかかは無関係だと言っていた部分を思い起こす。50代60代に見える年輩の日本人が、若い
女性を店から連れ出して、嬉しそうにホテルに向かうためにタクシーを止めるのを目の当たりにする度に、自分も50歳60歳になった時に、あの夢心地の甘味な感情を持ち続ける事が出来るのだろうかと、自身に問いかける。がしかし回答はいつも否定的だ。滝澤はそう言う時は自分自身にこう言う事にしていた。この悪魔の都市
バンコクから離れて1年もすれば、自分もああなるさと。それがせめてもの自分に対する慰めだったのだった。
整形体験者1,000点以上の写真を掲載!湘南美容外科クリニック

最後まで読んでくれた人も、そうでない人もお疲れ様でした。
最後にこちらをクリックお願いします!!
↓↓↓↓↓↓↓

→もうひとつおまけに【
人気ブログランキングへ】ポチッ!!
tags :
バンコク タニヤ バンコクの陽炎 カラオケ タイ ホアランポーン MP オケ 女 夜